大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(う)985号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤原晃が差し出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官山田一夫が差し出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について

第一  強盗犯人の用いた暴行の手段が、被害者の反抗を抑圧するに足りるものである以上、被害者が偶々それによつて意思の自由を抑圧されず、反撃を試みた事実があつたとしても、なお強盗罪が成立するものというべきである。原判示第二、第三の各暴行行為は、原判決挙示の証拠によつて明らかなように、いずれも直接兇器こそ用いなかつたとはいえ、かつて自衛隊に入隊した経歴を有し、現にベランダ取付職人という力仕事に従事している屈強の青年である被告人が、昼間とはいえ、その付近に人影のないことを見定めたうえ、被告人に比して格段に非力であることの明らかな女性の被害者らに対して、原判示第二、第三の各暴行に及んだものであることにかんがみると、それらはいずれも社会通念上被害者らの反抗を抑圧するに十分なものと認められる。被害者らが叫び声をあげて助けを求めたという事実は、右の判断を左右すべき事由とはならない。恐喝罪をもつて問擬すべきものとする所論の理由がないことは明らかである。

第二 刑法上にいう傷害は、傷害罪におけると強盗致傷罪におけるとによつて、その意義を異にするものではないと解される(最高裁昭和四一年九月一四日第二小法廷決定・裁判集刑事一六〇号七三三頁参照)。そして、原判決挙示の諸証拠によれば、被害者小林和恵が被告人から口のなかに軍手をはめた指を突込まれた際、口蓋部が切れて、わずかながら出血があり、被害者自身も傷害を受けたことの自覚もあつて、医師の診療を求め、その後三日間は口を開けると痛く、食事の際も患部がしみて不快な状態であつたことが認められる。してみれば、たとえ右の傷害について、とくに医師の治療を受けることもなく、三日後には右の症状が解消するに至つたからといつて、本件が強盗致傷罪を構成することの妨げになるものとは解されない。

それゆえ、原判決には法令適用の誤りはなく、論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は、原判決の量刑不当を主張するものであつて、犯情に照らし、刑を軽減したうえ、刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、原審記録を精査して、所論の当否を検討するに、所論は原判決に法令適用の誤りがあることを前提とするところ、原判決にそのような過誤の存しないことはさきに判示したとおりであるから、所論は、前提を欠いている。そして、本件の犯情に徴すれば、所論指摘の被告人に有利な諸事情を考慮にいれても原判決の量刑は相当であつて、さらにこれを軽減すべき理由を発見できない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(寺澤榮 片岡聰 小圷眞史)

《参考・第一審判決理由抄》

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都葛飾区に所在するベランダ取付工事を営む会社の下請職人をしていたものであるが、同社から長野市内のアパート建築工事現場のベランダ取付工事を依頼され、昭和五九年二月五日午後四時ころ右工事現場に到着したところ、肝心の工具箱を持参するのを忘れたためその日は仕事にならず、翌六日、市中で間に合せに電気ドリルの錐を購入して仕事に取りかかつたものの、その錐も折れてしまつて仕事を完成させる見込みが立たなくなつたうえ、遠隔の仕事先で所持金も既にほとんど使い果たすという窮状に陥つたが、自分の失態の手前会社に連絡する気になれず、さりとて他に適当な金策の方法も思い浮かばないまま帰るに帰れず、とかくするうちに所持金が底をつき、食事をとる金もなくなつたことから

第一 空腹にたまりかねて無銭飲食を決意し、昭和五九年二月七日午前一一時五〇分ころ、長野市大字鶴賀(七瀬南部)三六八番地一喫茶店「アビロード」において、同店経営者原田〓行に対し、所持金がなく、飲食後その代金を支払う意思も能力もないのにこれあるように装つて飲食物を注文し、同人をして飲食後直ちにその代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よつて、そのころから同日午後三時ころまでの間、同店において、同人から順次ヒレカツ定食一皿及びコーヒー二杯(価格合計一三〇〇円相当)の交付をうけてこれを騙取した。

第二 単身の女性を狙つて金員を強取することを決意し、同月八日午後零時五分ころ、同市大字稲葉(日詰)一九九八番地一柄沢富美子(主婦 当三三歳)方南側軒下において、同女に対し、道を尋ねるふりをして、同女が一人しか在宅しないのを確かめたのち、家の中に同女を押し込むべくその両肩を両手で押したうえ、その口を左手でふさぐなどの暴行を加え、同女の反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、同女に騒がれて抵抗されたためその目的を遂げなかつた。

第三 右犯行に失敗したことから更に前同様単身の女性を狙つて金員を強取することを決意し、同月九日午後零時一〇分ころ、同市三輪八丁目五一番二四号小林和恵(短期大学生 当二〇歳)方玄関前において、所携のカッターナイフ(昭和五九年押第七号の1)の刃を五センチメートルほど出してこれをジャンパーの右ポケット内に忍ばせたうえ、同女に対し、道を尋ねるふりをしていきなり、その腹部及び頭部を手拳で数回殴打し、その口を左手でふさぐなどの暴行を加え、同女の反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、同女に騒がれて抵抗されたためその目的を遂げず、その際、口を左手でふさいだ右暴行により、同女に対し、全治約三日間を要する右口蓋挫傷の傷害を負わせた

ものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例